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この向こうにあるはず・・大仙陵古墳
4世紀だか、5世紀だかに作られた、とてつもない権力を持っていた人の墓だとされているが、宮内庁の管轄で 中には入れない。 ピラミッドのような高さがあるわけではなく、面積が世界一だと言われても、全容は飛行機でしか 正確には分かるまい。 この分かりにくい墳墓は、そばに立つとただ緑で覆われた森のようだ。 だが、黒岩重吾氏の著書には、難波~斑鳩間を聖徳太子が好んで馬を走らせていたころ、すでにあった陵墓は その存在に大きな意味があった と書かれている。 難波の津から生駒山まで、さえぎるものとてない大平原に、ひとつだけ存在を誇示していたもの。海からも、生駒の山からも 見えたであろうそれは、巨大な鍵穴の形をし 白い石で覆われていた。 太陽の光をあびて、燦然と輝くそれは 国力の強さを見せ付けるものでもあったろう。 長い年月は、まわりの景色をも変え、わかりにくい(かくれ世界遺産)となった。 (笑ってはいけないかも・・でも・・)笑ってしまうのは、ネットで観光案内サイトを見た時。 ◎大阪府の観光地 大仙陵古墳 ◎見学自由(内部非公開) ◎料金 対象外 !!!
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